355「BACK TO THE Hello!Project 〜1998・胎動」



1998年Wikipedia



アイドルというエンターテインメントを、出来映えが稚拙で、
醸し出す雰囲気が子供じみているという理由から、不当に「下に見る」風潮というものが確かにある。
まあ、言いたい者には言わせておけばいいとは思いつつも、
ファン自身が、応援の対象者を殊更に卑下したり、逆にファンである自分の事を必要以上に蔑んでしまったり、
その心中がすっかり屈折しきってしまっているのを見ていると
長く続くアイドル下位の風潮を、どうしても嘆かずにはいられなくなる。


そもそもアイドルは、「旬」と呼ばれる短い期間の間に、歌、演技、バラエティ、ダンス、グラビアなど、
芸能活動と呼ばれる物ほとんど全てを要求され、しかもそれを、笑顔と明るいキャラクターをフルに駆使し、
「ある程度」のクオリティをもって完成させていかなければならないという、過酷な宿命を背負って生きている。
そしてそれは、タレントとして小器用でなければ、到底成し得ない任務であり、
女優やアーティストといった専門の看板を掲げる事で、不器用さを隠匿しているような、
「見せかけの専門職」などと比べるまでもなく、「スーパー総合職」たるアイドルは、実に使える存在だと言える。
スキル面だけではない。誰からも好かれる、温かみのあるキャラクターであり続け、
時にはイジられ、面白がられ、自らピエロにもなる。
プライドやコンセプトでがんじがらめの専門職には、どうやっても真似のできない柔軟性も、
アイドルの持つ大きなアドバンテージである。


「アイドルは一流への第1歩」は、アイドルファンとして20年以上のキャリアを持つボクの持論のひとつであり、
その持論を後押ししてくれるのが、1988年のハロプロの風景なのだ。


この時期、表向きのハロプロは、チャンピオン・平家みちよと、その敗者組という構図であり、
この年公開された映画『モーニング刑事。』の配役にも、それは如実に表れていたが、
すでにこの時、実質的にその構図は完全に逆転していた。
つまり、モーニング娘。は、テレビ番組で獲得した圧倒的な知名度と、とっつき易いキャラクターで、
アイドルファンやテレビっ子や芸能通の間で、ちょっとした人気者になっていたが、
アーティストという「鋭角」な立ち位置に拘った(あるいは拘られたのか)平家みちよは、
大衆への認知度と人気をあまり高める事なく、不遇の日々を過ごし、
モーニングの躍進とは裏腹の、寂しい芸能生活を強いられていた。
そして、その歪んだ関係性は、結局、数年後に平家がハロプロを離れる日まで続く事になる。


無論、モーニングがあれだけ躍進したのは、アイドル然とした姿を全面に押し出し、
親しみやすさをアピールしつつも、歌やサウンドは洗練されているというグループ独特の世界観あればこそで、
端的に言えば、平家みちよには、そういう砕けた側面が見られなかった。
モーニングのように、もう少しアイドル色を濃くして展開させれば、
あるいは平家みちよハロプロ生活も、もう少し違う日々になっていたかも知れないが、
今となってはもう、過ぎ去りし日々も戻ってはこない。


Hello!Projectの胎動期・1998年。
そしてその翌年以降、集団は究極まで膨張していく事になる。

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