207「サファイアの輝き。」
「好きこそ物の上手なれ」と昔から言う。
人には何かしら、心から愛して止まない物や、これだけは誰にも負けない譲れないという得意分野があり、
他は全くダメでも、そういう事象に対しては無類の力を発揮する。
あるいは、伴う苦労をものともせず「極め」を自らの物にしようと邁進する。
例えば、ミュージカル『リボンの騎士』のサファイア役に抜擢された高橋愛にとっては、
幼い頃から親しみ、そして憧れ続けた、宝塚歌劇団と縁深い関係性を持つ、
巨匠・手塚治虫の名作中の名作とも言える作品を、
しかも、実際の宝塚の演出陣や女優と共に演ずるというのだから、
その力コブの出具合と来れば、相当のものだろうという事は容易に想像がつく。
ただ、なんといっても舞台歌劇の最高峰であるタカラヅカの世界。
実際よりも濃度は格段に薄まっているであろうとは言え、
おそらく今までのミュージカルの時とは比べ物にもならないほど、
厳しい稽古場の雰囲気となるのは間違いがないはずだ。
だが、「好き」という一点だけで、きっと彼女はそんな艱難辛苦を乗り越え、
初日の舞台に、その万感の思いを目一杯ぶつけてくれる事だろう。
そして、同時に、この大舞台は彼女にとっての大きな大きな試金石となる。
今回の主役抜擢で、高橋愛が背負った物は相当に重い。
『リボンの騎士』という不朽の名作の舞台化という、アイドルグループの活動の範疇を大きく越えた、
史実として後世に残るかも知れない、極めて意義深い芸能活動。
そして、その背後にある「タカラヅカ」あるいは「手塚治虫」というキーワードの持つ圧倒的な存在感。
そういう趣きであるが故、当然、ファン以外の耳目もこの舞台に集まる事になろうし、
そのメイン・アクトレスである高橋愛の名もまた、一般層に広く浸透していく事は間違いがない。
考えてみれば、過去のミュージカル作品で、これほどまでに世間に注目される物は無かったように思うし、
そんな、大きな意味を持った作品の主演を担う高橋愛にとっては、
自らの飛躍の大チャンスを得たのと同時に、そのビッグネームに相応しい「実力」と「華」が、
彼女の中に備わっているのかどうかを試される、いわば「最終関門」でもある。
筆舌に尽くしがたいプレッシャー。慣れない環境での厳しい稽古。
それでも彼女はきっと、我々の期待通りの、いやそれ以上の結果を残してくれるだろう。
全ての源は、「好き」という感情がもたらす無限のパワーである。
ただ、自戒の意味も込めて、老婆心ながら一つ言わせてもらうならば、
好きであるが故、自分の中に作り上げた「こだわり」を捨てきれず、
結局、意外と凡庸なデキに終わるという事はよくある話である。
「好きこそ物の上手なれ」は確かに物事の真理ではあるが、
好きだからこそ、正面ばかりではなく、少し斜めから見る姿勢は重要だ。
そうする事で、今までは見えなかった面も目に入るようになり、
さらに、知識と経験の幅は広がっていくのである。
果たして、いかなる感情描写を用いて、高橋愛はサファイアの持つ
「二つのこころ」を表現するのか。
そして、彼女がサファイアを千秋楽まで見事に演じきった先に見える物とは一体何なのか。
今年は例年以上に熱い夏になりそうだ。