028「1985」
後藤真希。1985年9月23日生まれ。
石川梨華。1985年1月19日生まれ。
吉澤ひとみ。1985年4月12日生まれ。
藤本美貴。1985年2月26日生まれ。
狙いあっての采配か、はたまた偶然の産物なのか。
その4ケタの数字は、現在ハロプロの「主力」とも言うべき4人の共通項である。
1月の石川を皮切りに、今年中に全員が20歳の節目を迎え、
アイドルという枠組みの中では中堅の域に入ろうとしている4人。
長い後藤で6年、一番新しい藤本でも3年という十分なキャリアもさることながら、
彼女たち85年組は、キャリアでは計り知る事ができない、とてつもないパワーを持っている。
微細な例は挙げる必要もないだろう。
各々の見せてきたパフォーマンスを振り返れば、その事は容易に理解できようというものだ。
思えば後藤真希の鮮烈すぎるデビューが全ての始まりであった。
彼女の魅力に触発され、25000人もの応募者が殺到した第4期メンバー追加オーディション。
その25000人の中の1人として、石川、吉澤、そして藤本もオーディションに臨み、
石川と吉澤は見事4期メンバーの座を獲得した。
加入当初、もっと言えばオーディション時から非凡な輝きを放っていた二人は、
後藤と邂逅してから、さらに輝きの度合いを増していった。
奇しくも同じ1985年に生まれた3人。言わば「黄金の85年トリオ」が、
2000年に始まったモーニング娘。大ブレイクの多大な原動力となったのは紛れもない事実である。
一方、オーディションに惜しくも落選してしまった藤本は、
UFAのオファーを受け北海道から単身上京。
1年間のレッスンを経て、ソロとして桧舞台に立つ事になった。
類い稀な表現力。物怖じしない強心臓。そして人なつこい性格は多くのファンに受け入れられ、
すぐにハロプロの中心的存在となっていく。
その後、2002年に日本中が驚いた突然のモーニング娘。加入。
前年卒業した後藤と入れ替わるように行われた、それはまさに「仰天人事」だったが、
後藤の卒業で伝説になろうとしていた「黄金の85年トリオ」が、
同じ1985年生まれである彼女のモーニング加入によって、意外な形で復活する事になった。
当然、そのもたらすパワーの影響は絶大であり、
卒業した後藤も含め、85年組の4人が織りなす「個性のハーモニー」は、
ハロプロ快進撃の起爆剤となって現在に至っている。
ハロプロの大きな歴史のうねりの中で、常に中心に位置していた感のある4人。
そしておそらくこれからも、ハロプロというマザーシップは、
彼女たち85年組の推進力を糧として進んでいくのだろう。
思えば1985年といえば、アイドル界におニャン子クラブという「怪物」が出現し、
良くも悪くもアイドルというジャンルが大きく変革した年でもある。
そんなおニャン子に熱狂していたのは、誰あろうハロプロのコントロールタワー・つんく♂。
あるいはやはり、1985という数字になにか大きなメッセージが込められているのか…
そんな想像するのもまた楽しい。